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最高裁判所第三小法廷 昭和50年(行ツ)37号 判決

上告人 株式会社鐵興社

訴訟承継人 東洋曹達工業株式会社

被上告人 山形市長

訴訟代理人 藤井光二 ほか一名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人吉野和喜与、同坂口昇の上告理由第一について

金属マンガンは地方税法(昭和四〇年法律第三五号による改正前のもの。以下同じ。)四八九条一項二号の合金鉄に該当しないとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及び説示に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第二について

非課税規定は厳格に解釈すべきであるとした原審の判断は、正当として是認することができる(最高裁昭和四三年(行ツ)第九〇号同四八年一一月一六日第二小法廷判決・民集二七巻一〇号一三三三頁参照)。所論引用の各判例は、いずれも事案を異にし本件に適切でない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第三について

原審が適法に確定した事実関係のもとにおいて本件賦課決定を禁反言の法理ないし信義則に違反するものではないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第四について

所論は、本件賦課決定が租税法の指導理念の一である課徴税平等の原則に違反し違法なものであるとの前提に立脚するものである。しかしながら、右の原則は、別個の課税主体である他の市町村が租税法の規定の解釈適用を誤つた結果非課税としている場合において、特定の市町村がその適正な解釈適用により課徴税をすることを許さないとの趣旨をも含むものであるとは解されない。そして、本件賦課決定に地方税法四八九条一項二号の解釈適用につき誤があるといえないことは、既に判示したところである。これと同様の理由により本件賦課決定を違法とすることはできないとした原審の判断は、正当として是認することができる。右と異なる見解に立脚して違憲をいう所論は、その前提を欠き、失当である。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 服部高顯 天野武一 江里口清雄 高辻正己 環昌一)

上告理由

第一原判決には理由の齟齬ないし採証法則違背がある。

一 原判決は「地方税法四八九条一項二号の合金鉄(以下法の合金鉄という)に金属マンガンが入るかどうかは金属学においてどう定められているか、そしてそれが一般国民の知識水準に照らして認識、理解し得るかどうか先ず明らかにすべき」とし、証拠上「学術上(金属学上)金属材料は純金属と合金に大別されるが合金鉄は合金の一種であり、金属マンガンは純金属である」旨判示した(二の1)。

二 しかし原判決挙示の証拠は学術上「合金」の定義を決める証拠になり得ても「合金鉄」の定義を決める証拠にはなり得ないものである。原判決は全く異る概念である「合金」と「合金鉄」の相違を充分理解していない。即ち

原判決が挙げる証拠中乙一二号証(山形工業試験場長の回答)と証人坂本道夫は学術上の定義については証拠価値の極く低いものであるから(乙一二号証は本訴のため作成されたことがそれ自体明白であるし、本質的に鑑定事項であるから坂本証言は不適当である。しかも両方共学術上の定義を決定できるほど権威のあるものではない)、これらを除くと<証拠略>になる。

これらはいずれも「合金」の定義に関する書面であり「合金鉄」についての記述は全く存在しない。即ち正に本訴の主命題たる「合金鉄」について、原判決は何ら証拠に基かずして学術上、金属学上の定義を下したのである。

三 これと反対に学術上、金属学上金属マンガンはフエロアロイ(即ち合金鉄)であるとする証拠がある。

原判決が学術上の定義の証拠になるとして挙げる乙二三号証と甲一七号証は同じ鉄鋼辞典の別の頁であり、乙二三号証は「合金」の、甲一七号証は「フエロアロイ」の項である。従つて原判決が甲一七号証を実務的解説書とし、乙二三号証を学術上の定義に関するものとしているのは明らかに予盾する。又原判決が「実務的解説書における説明は前記認定判断を左右するに足りない。けだし、日本工業規格の分類に準拠しているに過ぎないことがその説明自体より容易に窺知できるからである」という。しかし右甲一七号証の記述内容はそうでないことが明らかである。原判決は<証拠略>と<証拠略>が同一の辞典であることを看過し、しかも甲一七号証の内容を検討することなく判示したのである。

又原判決が学術上の定義に関し挙げる乙二六号証と実務的解説書という甲一八号証も同じ工業大辞典の別の頁であり、乙二六号証は「合金」の、甲一八号証は「フエロアロイ」の項目であり、この「フエロアロイ」の項の一行目には「合金鉄ともいい……」との記載があり、又説明中に金属マンガンの記述がある。

四 甲一八号証乃至二五号証はいずれも規格の説明は日本工業規格によつている(甲二五号証は日本工業規格そのものである)が、いずれも金属マンンガをフエロアロイに含めている。

又徴税実務の上でも法の合金鉄を日本工業規格に基き判断している(<証拠略>)。

これらのことは金属学上も一般的にフエロアロイは日本工業規格を根拠として理解され、従つて金属マンガンもフエロアロイ(合金鉄)として理解されていることを示している。

原判決は「一般国民の知識水準に照らして理解される」というが、右の事実は一般国民にも日本工業規格を離れてはフエロアロイが理解できないことを物語つている。

五 原判決の(二の2の(三))「法に合金鉄として掲記されているのは非課税の範囲を限定して合金鉄と使用目的ないし用途等において同一性を有する物件のうち、一般的常識的理解において合金鉄と観念されるもののみを特に選出したものと解するのが相当である」と述べる点は文章自体趣旨不明である。即ち、一般的常識的理解の「合金鉄」より広い範囲の「合金鉄」がある(合金鉄ではないが使用目的ないし用途等において同一性を有する)かの如き判示である。

ところで右のうち「法の合金鉄は一般的常識的理解において合金鉄と観念されるものである」旨の判示は「法の合金鉄は金属学の概念によるべきである」旨の判示(二の1)と明らかに矛盾する。

なお一般的常識的な「合金鉄」とは三と四に既述のとおり金属マンガンを含めた「フエロアロイ」である。

第二原判決には法律の解釈適用を誤つた違法がある。

一 租税法解釈の基本的態度に関する最高裁判所の判例に違反する。

1 原判決は(二の2の(一)において)「控訴人主張のような意味における合目的解釈ないし法規の趣旨を尊重した解釈は、類推ないし拡張解釈に等しく、かようなことは地方税法四八九条のような非課税要件規定においては避けられるべきもの」と判示する。

2 上告人は二に後述するように論理解釈としての合目的解釈であると考えるが、仮にこれは類推解釈であるとしても最高裁判所判例(昭和四五年一〇月二二日、民集二四巻一一号一六一七頁)は類似の事案について類推解釈の必要を認めている。即ち

「昭和三四年の改正前の所得税法においては、法律的、形式的に解釈するかぎり不動産所得に当ると解釈するほかはない土地賃貸借の際の権利金」について「昭和二五年の旧所得税法改正当時はそのような高額の権利金は不動産所得としては予想されなかつたものであり」、「比較的近時に一般化し経済的実質的に所有権の権能の一部を譲渡する対価としての性質をもつものであり、その経済的実質に着目して譲渡所得に当るとして課税することも必要であり」「かようなものは譲渡所得にあたるものと類推解釈するのが相当である」と判示した。

法律的、形式的には不動産所得である権利金について経済的実質に着目し、税制上優遇規定である譲渡所得を類推適用すべしとしたのである。

3 田中二郎氏はドイツ租税調整法の説明に関連し次のように述べている(租税法一一二頁)。

租税法の解釈に当つて「租税法の経済的意義」が考慮されねばならないのは当然であるが、従来租税法律主義の名のもとに租税法の厳格解釈の必要を強調し、文言とか表現形式に捉われすぎるのに対して実質的経済的意義に考慮を払う必要のあることを明らかにしたものである。

租税法の解釈にあたつては「諸事情の発展」が考慮されなけばならないのも当然のことを規定したものである。租税法の規律対象たる経済事象はとりわけ変遷発展が激しくこれらの事情の変遷発展に注意し、課税の適正を図る必要があることを示唆したものである。

4 原判決は金属マンガンの製造開始が昭和二七年八月であることを認定し(三の一の一行目)、又地方税法に合金鉄が掲記されたのは昭和二五年七月の改正であり、その後法文上文言の改正のないことも認定している(二の4)から右の改正当時金属マンガンは予想できなかつたものである。

又他の合金鉄と金属マンガンが経済的実質的に同一であることは明白であるから(<証拠略>)、仮りに形式的に法の合金鉄に該当しないとしても、前記最高裁判所判例に従い、類推解釈すべき事案である。又田中二郎氏のいう「経済的意義」と「諸事情の発展」の考慮が為されるべき事案である。

5 又原判決は「非課税要件規定は課税要件規定を原則的規定とする例外的規定であるから、狭義性、厳格性の要請は一層強調されてしかるべきであり、非課税要件規定においては類推ないし拡張解釈は避けられるべきである」旨判示する(二の2の(一))。

しかし前記最高裁判決は形式的には不動産所得と解する以外にない権利金について、例外的な優遇規定である譲渡所得(収入金額から一定金額を控除した金額の二分の一が課税標準とされる)を類推適用すべしと判示し、又「経済的実質に着目して譲渡所得として課税することも公平な課税のため必要である」と判示している。即ち、他の優遇規定適用者との間の課税の公平が必要である旨を述べているのである。

原則的規定と減免規定間に不公平が生ずるのは減免規定を設けること自体に基くものであり、立法政策の問題である。租税法解釈上の公平の理念とは原則規定適用者間において、又減免規定適用者間においての公平の問題なのである。

二 原判決は目的的解釈の意義を誤り、法律の解釈適用を誤つている。

1 原判決は地方税法四八九条において、法律解釈における目的ないし趣旨は「非課税の対象とされる製品を選定して非課税とする例外の範囲を限定することである」旨判示する。(二の2の(二))

従つて重要産業に係る製品の製造原価を引下げて国民経済の利益を図るのは動機に過ぎないと考えるものであろう。

2 「租税法律主義の原則から租税法の定めはできるだけ明確かつ一義的であり細目にまでわたつて法律自ら定めることが望ましい」(田中租税法七八頁)ことは形式から見た租税法の基礎原則として当然のことである。

原判決の右判示は租税法規における形式面での要請そのものであつて、法律の趣旨、目的とは全く別物である。

3 租税法の解釈に当つて参考になるのはドイツ租税調整法で、その一条二項は「租税法の解釈に当つては国民の通念、租税法の目的及び経済的意義並びに諸事情の発展が考慮されなければならない」と定めている。

右について田中二郎氏は次のように述べている(租税法一一〇頁)。

この規定を設けた本来の狙いはきわめて複雑多様な、しかも時とともに著るしく変遷し発展していく経済事情をその規律の対象としているので、そうした租税法の目的を的確につかみ租税法の文言に捉われることなく、経済的実質的意義を考え、諸事情の発展を考慮し、しかも国民の通念に反しないように租税法の目的に即した合目的的解釈をすべきことを示そうとしたところにある。

次に「租税法の目的」を租税法解釈に当つて考慮すべき要素又は基準として掲げているのは従来一般に概念法学的に文言に拘泥しすぎた文字解釈が行われがちであつたのに対して租税法全体の目的を考え、個々の法条の解釈に当つても租税法の目的との関連において目的論的解釈をすることの必要を示したものである。問題は租税法の目的をどのように理解すべきかにあるが、それは租税法の根本理念又は基礎原則そのものにほかならず、租税法の解釈に当つては租税法の根本理念を的確に把握し、その理念に基く個々の法条の目的に即応した解釈がなされなければならない。

田中二郎氏は以上のとおり解説し、我国の租税法解釈においても同様である旨を述べている。

又同氏は次のように述べている(同書一八一頁)。

租税法律主義の原則は当然に法条の厳格解釈を要求するものではなく、法律上の概念又は用語はそれぞれの法律の規定の趣旨目的にそうよう合目的に解釈すべきであり、この意味において概念の相対性を認めるべきであると考える。もつともそのために特定の概念又は用語に伴う予測可能性の限界を超える拡張解釈が許されるべきではないであろう。

4 目的的解釈とは右のとおり個々の法条の目的に即応した解釈である。

一般に租税特別措置は特定の政策目的実現のため誘因手段として特定の経済部門ないし国民に対する租税の軽減、免除を行うものである(田中租税法四九頁)。その例として機械設備の特別償却、特定公共事業のために収用された土地等に対する譲渡所得課税の特別措置、利子分離課税等(同書五二頁)があるが、これら法条の目的が貯蓄増強等にあることは自明であり、原判決のいうような「例外の範囲を限定するのが」右の目的と異ることは明らかである。

5 最高裁判所昭和四三年一一月一三日大法廷判決(民集二二巻一二号二四四九頁)も法人税法の益金及び損金について「その性質を理論的に解明するだけでなく租税法の解釈上の諸原則や各個別的規定に現れた法の政策的、技術的配慮をもあわせ参酌するのでなければ決定できない」と判示している。

三 右二に既述した目的的解釈をとれば当然金属マンガンは法の合金鉄に該当し、仮りにそうでないとしても一既述の経済的実質に着目し、類推解釈をすれば当然同様の結論になる。

1(一) 本条一項の趣旨は「重要産業に係る製品の生産コストを低下させ国民経済の利益を図るため、同産業に係る製品中その生産費に占める電気料金の割合の高いものの生産に直接使用する電気について電気ガス税を課税しないこと」(<証拠略>)にあり、本項の趣旨が右政策的配慮にあることは本項の前文及び各号の規定自体からも明瞭に窺知出来る。

又右の電気料金の割合は概ね五%以上とすることが立法関係者である通商産業省企業局長と自治省税務局長間で合意されている(<証拠略>)。

(二) 本項第二号の合金鉄は鉄鋼原料としてのそれであることが本号の規定自体に現われている。その用途は一般的に鉄鋼又は非鉄合金製造のための脱酸、脱硫又は合金成分添加剤として使用されている(<証拠略>)。右の用途上鉄分が多いとか少ないとかは無関係である(この点は原判決も二の2の(三)において同旨を判示している)。

(三) 金属マンガンは主として高級特殊鋼製造のため脱酸剤、脱硫剤及び合金成分添加剤として使用される(<証拠略>)。又生産費に占める電気料金の割合は二〇%以上である(<証拠略>)。

なお原判決は「金属マンガンは合金鉄に含まれることの明らかなフエロマンガンの不純物の極少なるものと理解する」ことはその組成等から出来ないと判示している(二の1第六段)。

しかし原判決が学術上の定義決定に使用している工業大辞典(<証拠略>)の<証拠略>のフエロアロイの説明中にはフエロマンガンの項目中でフエロマンガンの他マンガン成分が少く鉄分の多いスピーゲル(<証拠略>)と金属マンガンを併せて説明している。これはフエロマンガンに比し、スピーゲルは鉄分の多いものであり、金属マンガンは鉄分の極少なものとの認識の下に書かれていることを示している。

又原判決は(二の1第四段)「上告人は乙第一号証会社の概要に金属マンガンをフエロアロイでなく別項で説明している」旨述べるが、金属マンガンは同じ製鋼に用いられてもコストの関係でフエロマンガンと異り比較的高級な鋼の製造に使用されているから(<証拠略>)営業上使用する小冊子に別掲するのは寧ろ当然である。

(四) 以上により金属マンガンが法の合金鉄に該当することは疑問の余地がない。原判決は本条一項の趣旨、目的を単なる動機としてことさら否定し、明白な法解釈を誤つたものである。

2 仮りに右1が理由なしとするも既述のように(一の4)昭和四五年一〇月二二日の最高裁判例に従うと法の合金鉄に該当する。即ち、金属マンガンは経済的実質において法の合金鉄と同一であることは明らかである(三の1の(二)及び(三)に既述)し、昭和二五年七月の地方税法改正当時予想出来なかつた製品であるから、類推解釈すれば法の合金鉄に該当することは当然である。

3 原判決は「日本工業規格は法の合金鉄を定めるうえで決定的意義を有しない。合金鉄は日本工業規格の借用概念ではない」という(二の2の(四))。

上告人は日本工業規格が決定的意義を有するとか、借用概念とかいつたことはない。

上告人は前記のとおり本条の目的は産業政策的な立法であるから、日本工業規格が産業界、工業界において最も重きをなしていることに基き、法の合金鉄と解釈するには同規格が最も重視されるべきであると述べているのである。

これは「各個別的規定に現れた法の政策的、技術的配慮を考慮すべき」(昭和四三年一一月一三日最高裁判決)であり、「経済的実質に着目すべき」(昭和四五年一〇月二二日同判決)である租税法解釈の基本態度からも極めて当然のことである。そして現実に産業界、学術上又徴税実務のうえでも日本工業規格の果している役割は極めて大きいのである(第一の四に既述)。

又原判決は、「日本工業規格においてフエロアロイなる用語がすでに用いられており、いわゆる工業上の分類として一般化していたにもかかわらず、あえて地方税法が合金鉄なる用語を用いたことに格別の意義がある」という(二の2の(四))。

しかし原判決は合金鉄の掲記が昭和二五年七月三一日制定の地方税法であることを認定し(二の4)、又証拠上日本工業規格の制定は昭和二五年七月であるから(<証拠略>)、法制定当時において「フエロアロイなる用語が工業上の分類として一般化していた」とは云えない筈である。

4(一) 原判決は「立法の変遷からも金属マンガンは合金鉄に含まれない」「法の合金鉄は特別の事情のない限り改正の前後を通じて同一の意味内容を有する概念として理解するのが法規の常識的理解に添う」という(二の4)。

(二) しかし、前記譲渡所得に関する昭和三四年の所得税法改正後は資産の譲渡には一定範囲の借地権の設定を含むことが括弧書きで追加された。これは括弧書きがあつて初めて資産の譲渡に借地権の設定が含まれることを意味するが、前記最高裁判決はこの改正前の資産の譲渡にも一定範囲の借地権の設定を含むとの判示であり、改正の前後で「資産の譲渡」の意義が変つている。又刑法における電気窃盗についても同法二四五条新設の前後で財物の意義が変つている。

(三) 右はいずれも法律解釈の争いを立法的に解決したものである。金属マンガンは昭和四〇年の法改正後になつて初めて法律の解釈が本訴として争われたのである。この法改正は金属マンガンが合金鉄に該当するかどうかの問題の所在に気付かないまま為されたが、結果的には立法的に解決された形になつている。若し気付いておれば、右資産譲渡の如く法の合金鉄を合金鉄(金属マンガンを含む)との形式になつた筈である。

(四) 原判決は「改正の経過をそのまま直視すると金属マンガンは合金鉄に入らない」という。

これは改正前の法条の解釈が正に本訴の主命題であるにも拘らず、それ自体を解釈することなく、法条改正の結果のみから法文を解釈しようとする態度に外ならない。

改正前の法律の解釈が仮りに法改正により決定されるのなら、形式的な決律改正により法律解釈が左右される結果になる。

(五) しかも原判決の立論は法改正が正当であり、検討を要しないものとの前提に立つている。

ところがこの法改正たるや関係会社不知の間に(<証拠略>、製造会社はいずれも非課税であり、非課税立法を要望したとすることは条理に反する)、非課税であるのに課税されているとの誤認の下に(<証拠略>)為された程度のものであり、本訴で為されたような金属マンガンが合金鉄に該当するか否かについての詳細な検討が為された形跡は本訴に現れた全資料によるも見当らない。

斯様な場合、「改正の経過を直視し」即ち無批判に改正を正しいとして法律解釈の根拠にすることの不当であることは論を侯たない。

第三原判決には信義則ないし禁反言の原則の適用を誤つた違法がある。

一 信義則、禁反言の原則は法の一般原則として、租税法の解釈適用に当つてその適用を認めるべきであり(田中二郎租税法九七頁)、租税法律主義の原則も租税法の解釈原理としての信義則、禁反言の原則の適用を否定すべき根拠にはならない。この原則はあらゆる分野における法に内在する一種の条理の表現とみるべきもので租税法に限つてその適用を排斥すべき根拠は見出しがたいからである(同書一一九頁)。

二 第一審判決は昭和二七年八月の製造開始後一五年間に亘り自治省の指導等により金属マンガンは合金鉄に該当するとして非課税扱いにしていた被上告人の措置は合金鉄は金属マンガンを含むとする一種の法的状態に類する事実状態を作出したもので、上告人に同旨の内容の信頼を付与したもの」で「本件賦課は合理的理由も慎重な配慮もなく右の事実状態と信頼を破壊したものである」から「信義則に違反する」と判断した。

三 行政庁の取扱い(行政実例)が長い期間にわたつて繰り返され、それが単に行政庁の側だけでなく一般人民の間にも法的確信を生ぜしめた場合には慣習法の一種として行政先例法と呼ぶことができる(田中同書九五頁)。

たとえば特定の物件についてこれを課税の対象としないことが長年にわたり課税庁の側で承認してきただけでなく人民の側でもこれを信頼して行動してきたような場合には同じ租税法のもとで解釈を一変しこれを課税物件として取り扱うがごときことは妥当な措置とはいえない。若し従来の取扱いと異る取扱いをするためには租税法の改正を行つてその趣旨を明らかにすべきであり、この意味において長年にわたる先例又は取扱いが一種の先例法としての意味をもつに至ることのあることを認めるべきである(田中同書九六頁)。

四 本件の事実関係(<証拠略>によると自治省の指導に基き非課税とした)が仮りに法的確信の状態といえないまでも右三の理が妥当し、第一審判決のいう法的状態に類する事実状態というべきことは明らかである。

然るに被上告人は自治省の一事務官の、しかも内容は全く趣旨不明なメモのみに基き(<証拠略>)、その他何ら慎重な検討を経ずして本件賦課を行つたもので著るしく信義に反するものというべきである。

五 原判決は「私人の利益は公益と比較にならず」とか「そのような利益は租税法律主義の原則を犠牲にして回復せしめるほどの信頼利益でない」とか「法の命ずる状態を回復することが租税正義の理念に添う」とか述べているが(三)これらは一に既述した租税法における信義則の適用や三に既述した行政実例の意義を全く否定するものであり、租税法律主義の墨守以外の何物でもない。

第四原審判決四は憲法第一四条第一項の解釈を誤つたものであり破棄さるべきものである。

原審判決は四において次の如く判示している。

「被控訴人は、本件賦課決定は課徴税平等の原則に反して違法である旨主張する。

<証拠略>並びに弁論の全趣旨によると、金属マンガンは我が国においては被控訴会社と訴外中央電気工業株式会社(田口工場)の二社のみで製造されており、右訴外会社の事業場の所在する新潟県中頸城郡妙高高原町においては金属マンガンの製造に使用する電気について電気ガス税を課税しておらず、また金属学上その他の点からしても金属マンガンと同一種類とされている金属ケイ素の製造に使用する電気については、福島県郡山市、同県田村郡小野町、長野県塩尻市、新潟県直江津市のいずれも本件の課税対象期間中電気ガス税を課徴していなかつたことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

しかし、本件の山形市以外の市町における金属マンガン及び金属ケイ素に関する非課税扱いが、これらの製品が地方税法四八九条一項二号にいう「合金鉄」に含まれるとの解釈に基づくものであるとすれば、かかる解釈は前記の適正な解釈に反するものであつて、その非課税扱いは違法であり、速やかに是正されるべきであるということになるに過ぎず、課徴税平等の原則といえども、控訴人をして課税主体を異にする他の市町村におけるのと同様に非課税扱いという違法な状態のまま放置することを余儀なくさせ、他に違法事由のない本件賦課決定を違法たらしめるものであるとは到底解することができない。

このことは、他の市町村において本件の課税対象期間と同年度分をさかのぼつて賦課徴収することが時効の点からしてもはや不可能であるとしても、同様である。

よつて被控訴人の前記主張は採用することができない」。

前記四、の判示の前段は事実の認定であり後段は法律の解釈である。

事実認定には誤りはなく、法律の解釈において憲法第一四条第一項の解釈を誤つているのである。

右の法律解釈の判示は課税主体が異るから課、徴、税平等の原則が適用されないというのか課税主体に関係なく適法なる解釈により課、徴されたものを非課税とすることについては課、徴税平等の原則が適用されないというのか明確を欠く。

そこで上告代理人は適正なる法解釈のもとに課、徴税されたものも一定の条件をみたした場合は憲法第一四条第一項により非課税となるべきだという点と、この場合課税主体を異にしても右条の適用を妨げるものではないとの点について以下述べることとする。

1 憲法八四条は租税法律主義を規定し、租税法律主義の当然の帰結である課徴税平等の原則は、憲法一四条の課徴税の面における発現であると言うことが出来る。

みぎ租税法律主義ないし課徴税平等の原則に鑑ると、特定時期における特定種類の課税物件に対する課徴収は日本全国を通じて同一であるべきであつて、同一時期における同一種類の課税物件に対する二個以上の課徴税処分が異るとき、或は課徴税処分をしたる処とせざるところと生じたときは、実際に追徴或は徴収したことがなく且つ追徴或は徴収する見込がない状況にあるときは租税法律主義ないし課徴税平等の原則により右状態の継続した期間中は法律の規定に反して多数の税務官庁が採用した軽減された課税標準ないし税率或は非課税措置が実定法上正当なものとされ却つて法定の課税標準、税率に従つた課徴税処分、は実定法に反して違法となる。

原審判決は右と異つた解釈の下に被控訴人の主張を斥けているのは憲法第一四条第一項の解釈の誤りである。

右に関する大体同趣旨の判例がある。

大阪高等裁判所は昭和四二年(行コ)第四号関税賦課・徴収処分無効確認等請求控訴事件につき昭和四四年九月三〇日言渡したる判決の理由三において次の如く判示している。

「控訴人は神戸税関が本件物品を合成樹脂製品であるとしてみぎ物品に対して三〇%の関税を賦課徴収したのに対して、横浜税関および大阪税関伊丹出張所は本件の課・徴税処分のあつた期間と同一期間中に本件物品と同一品種の物品に対しガラス製品であるとして二〇%の関税を賦課・徴収していたから憲法八四条・一四条により本件物品についての神戸税関の課・徴税処分のうち他の税関の税率額を超える部分の課・徴税処分は違法であると主張するので、以下みぎ主張の当否について判断する。憲法八四条は租税法律主義を規定し、租税法律主義の当然の帰結である課・徴税平等の原則は、憲法一四条の課・徴税の面における発現であると言うことができる。みぎ租税法律主義ないし課・徴税平等の原則に鑑みると、特定時期における特定種類の課税物件に対する税率は日本全国を通して均一であるべきであつて、同一の時期に同一種類の課税物件に対して賦課・徴収された租税の税率が処分序によつて異なるときには、少くともみぎ課・徴税処分のいづれか一方は誤つた税率による課・徴税をした違法な処分であると言うことができる。けだし、収税官庁は厳格に法規を執行する義務を負つていて、法律に別段の規定がある場合を除いて、法律の規定する課・徴税の要件が存在する場合には必ず法律の規定する課・徴税をすべき義務がある反面、法律の規定する課・徴税要件が存在しない場合には、その課・徴税処分をしてはならないのであるから、同一時期における同一種類の課税物件に対する二個以上の課徴税処分の税率が互に異なるときは、みぎ二個以上の課・徴税処分が共に正当であることはあり得ないことであるからである。そしてみぎ課税物件に対する課・徴税処分に関与する全国の税務官庁の大多数が法律の誤解その他の理由によつて、事実上、特定の期間、特定の課税物件について、法定の課税標準ないし税率より軽減された課税標準ないし税率で課・徴税処分をして、しかも、その後、法定の税率による税金とみぎのように軽減された税率による税金の差額を、実際に追徴したことがなく且つ追徴する見込みもない状況にあるときには、租税法律主義ないし課・徴税平等の原則により、みぎ状態の継続した期間中は、法律の規定に反して多数の税務官庁が採用した軽減された課税標準ないし税率の方が、実定法上正当なものとされ、却つて法定の課税標準、税率に従つた課・徴税処分は、実定法に反する処分として、みぎ軽減された課税標準ないし税率を超過する部分については違法処分と解するのが相当である。したがつて、このような場合について、課税平等の原則は、みぎ法定の課税標準ないし税率による課・徴税処分を、できる得る限り、軽減された全国通用の課税標準および税率による課・徴税処分に一致するように訂正し、これによつて両者間の平等をもたらすように処置することを要請しているものと解しなければならない」

2 地方税にも租税法律主義並びに賦課・徴収平等の原則が適用せられる。

地方税は地方公共団体の課税権に基いてその住民に対する租税であり、課税権の主体の別を除けばその性質において国税と異るところはない。

地方税と雖も租税法律主義の枠外にあるものではない。

ただ次に述べる限度においてのみその例外をなすにすぎない地方税は地方公共団体の課税権に基いて賦課するものであるが国税との調整の必要からその種類、納税義務者、課税物件、課税標準、税率等は地方税法をもつて定められる。

しかし、自治財政権の特色は、地方税についても、地方公共団体が自らの意思をもつてこれを決定し、自らの手でこれを徴収することができるところにあるから法律は従来の附加税を廃して独立税とし法定外普通税を起す余地を認めて非課税範囲も地方公共団体の自主的判断に委ね、賦課徴収の事務も自ら行なうことが出来るものとして地方税の自主性を認めている。

この意味において地方税は国税と異なり課税権の具体的な内容が法律の範囲内において地方公共団体の条例で自治的に決定されるという特色をもつている。すなわち地方税法の定める基準と制限のもとで税率その他賦課徴収に関する具体的な定めは条例によるものであり地方公共団体において新に税目を設立することもできる。

以上の例外を除いては租税法律主義の原則は地方税にも当然適用される。

ところが、これを例外とみるべきではない即ち憲法第八四条の租税法律主義に反するものではない、との有力な意見があり(宮沢俊義、田中二郎両氏等)これが定説となつているようである。

しかし、地方税法第四八九条第一項第二号の「合金鉄」の解釈の争いである本件訴訟には前記が憲法第八四条の例外であると否とは関係のないことであるので、右両氏の意見の詳細は省くこととする。

地方税についても憲法第八四条の租税法律主義の原則が適用されることは争いのない処であるから、右の当然の帰結である同法第一四条第一項の「すべて国民は法の下に平等である」と原則が地方税法にも適用されることは当然である。

国税と地方税の異るところは賦課徴収権即ち課税権の主体が前者は国であり、後者は地方公共団体であることである。

そこで、このちがいが憲法第一四条第一項による租税平等の原則の適用に妨げとならないかということである。

課税権の主体の異つていることは「税」のことであつて「法」のことではない。法の面からみれば所得税法、法人税法等も地方税法も等しく国法であり法律であつて課税権の異ることと何の関係もない。

この国法の下においてはいずれの市町村に住む住民もすべて国民であるから平等でなければならない。

これを本件にみるに地方税法第四八九条第一項第二号の「合金鉄」について各市町村が各別の課税権の主体である故をもつて異つた解釈のもとに、課税権の行使が行われ賦課徴収、不徴収が許されるとしたならば、憲法第八四条の租税法律主義は空文となるであろう。

地方税は地方公共団体の固有の権利ではない、課税権は統治権の一環として国が有するものである。国がその統治権の一環として有する課税権に基づいて賦課徴収する租税が国税である。国は必らずしもこの課税権を自ら行使することを必要とせず、国がその課税権の一部を地方公共団体に分与することがあり、地方公共団体が国から分与された課税権に基づいて賦課徴収する租税が地方税である。

地方税の賦課徴収の主体は地方公共団体であるがその課税権は地方公共団体固有のものでなく国からの伝承したものである。

前述のように課税権の本質は国家統治権の一作用でありその主体は国に存するのであるが、地方公共団体の自治を認めたため、その経費の一部に充てる必要上、地方公共団体に対し課税権の一部を分与したにすぎない。

課税権の本質が以上のとおりであるから各地方公共団体が各自に電気ガス税の課税権を有しているからといつて、憲法第一四条の原則の適用を否定されることはあり得ない。

課税主体を異にするからとして憲法第一四条第一項の適用を排斥した原審判決は右条の解釈を誤つたものである。

以上

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